アニマルワン木村社長 創造への挑戦

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2006年6月29日 (木)

金子直吉「先手必勝」の精神

私が新入社員として入社した日商岩井株式会社(現、双日株式会社)のルーツは、大番頭の金子直吉が指揮していた鈴木商店。金子直吉は、鈴木商店を日本一の商社にした「財界のナポレオン」と言われているが、私は、金子直吉のアグレッシブな経営手腕「先手必勝」に惚れこんでおります。日商岩井のスピリットであった「自由闊達」&「挑戦」の精神は、私の原点であります。Kaneko
私も、金子直吉を始めて知った時、「1人の天才が会社や国を動かせる」と言うのを知り、驚愕しました。
それでは、少し金子直吉について・・・・
1866年(慶応2年)に高知県で生まれ、二十歳の時に、鈴木商店に入社。入社当時は、砂糖・石油などを扱う貿易商であったが、金子直吉が実質経営を任されてから、「先手必勝」の精神で事業拡大をして行く。
●日清戦争時に、虫除けの必需品であるショウノウの生産地である台湾で、約70%を独占し、海外向けに大儲け。

●砂糖製造にも進出して、工場を成長させた後には、売却してまた大儲け。

●第一次世界大戦時に、軍需景気で鉄&船が儲かると思って、「買って、買って、売って、売って」で更に大儲け。

「先見の明」が幾らあっても、実行する力は別である。リスクを負って、信念を持って突き進むか否かが、「勝者の分かれ道」。勿論、安定志向・静観の構えも重要であるが、「最初の1歩が最大の1歩」であり、「0を1」にするには、実行しかないと思う。それに、誰も手掛けたことのない事業に参入する「先手必勝」の精神が重要な要素である。

この精神があったからこそ、三菱商事・三井物産を抜いて、日本一の商社になったのだと思う。「先手必勝」の精神で、欧州で最も有名な商社となり、スエス運河を通る10%の船が、鈴木商店に所有されていた、と言われていた。そして、何よりも、当時のGNPの約10%を占めていたとも言われている。この、ご時世では有り得ない話。。。

最終的に、メーンバンクである台湾銀行が破綻してしまってからは、落ち目であったが、日商岩井に加えて、帝人、神戸製鋼、石川島播磨重工、三菱レーヨン、昭和石油、日本化薬、サッポロビール、ダイセル・・・・などを育てあげたアントレプレナー(起業家)の代名詞です。
そして、彼は、「鈴木商店のため、国家のとっての事業を興す」と言う使命を持っていた為、自分や家族のためにお金を残すことは無かったという。経営者も考え方はそれぞれであるが、この精神を持っている経営者は、日本に何名いるだろうか? 

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